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4月29日(火)(5日目)チロエ島およびモン出航(その2)

  

 15時、バスは満員でアンクーのターミナルを出た。再び2時間のバス旅だ。

 バスはがんがん飛ばして対向車線に出て遅い車を一気にぶっちぎる。海外のバスはたいがいどこでも豪快である。

    

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 バス停。

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 またフェリーに乗る。

   

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 離岸。

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 行きは気付かなかったがバスから下りてもよいのだった。10人くらいは降りていたので自分も降りて海風に吹かれてみた。
 天気はよかったがずっと海風に当っていると少し寒いくらいだった。

  

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 左がチロエ。右は本土。

  

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 本土へ向かう。

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 間もなく本土側の桟橋に着く。

   

 本土に戻ってすぐ学生が大勢乗り込んできた。通学に使われているのだ。
 ほんの10数分後には全ての生徒が下車していたが。

   

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 ハイウェイを逸れてモン市街へ向かう。

  

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 モン市街。

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 モンのバスターミナルに戻って来た(右側)。

  

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 バスターミナルの隣のファン・パブロW世博物館。資料はほんの少しであまり大したものも無いようだった。
 1階は図書館で2階が博物館である。

  

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 チリ大地震の資料なんかもあった。

  

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 博物館の屋外にはかつてのSLと作業車の展示。

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 なかなかかっこいい。

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 付近にある鋼鉄製のやぐら。一昨日の夜は勝手に登ったものだ。登るのが禁止とも書いてない。
 危険なので日本では考えられないが。

   

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 本国スペインで作られて輸入されたのだろうか。

   

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 ドギモを抜くセンス。海岸の休憩用あずま屋の天井の巨大なカップルモニュメント。

  

 さて、いつの間にか時間が経ってたのであわててタクシーに乗って港へ急いだ。

  

 港へ着いたのは乗船開始時刻直前だった。

 だが行ってみると全然急がなくてもよかったことがわかった。まだ待合室には人がそれほど多くなく、なんの緊迫感も無かった。

  

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 アイセン・エクスプレスの高速船が週に1回あると聞いていたが、その宣伝ポスターがあった。
 これはフェリーではなく双胴の高速船半分の12時間で行く。

 

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 待合室風景。

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 これから25時間乗るプエルト・エデン号。

  

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 少し薄暗くなって18:20.いよいよ乗船開始。

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 隣にアイセンエクスプレスのカタマランが係留されていた。

  

 特に何も考えず一番安いクラスのチケットを買っていたが、そこは最下層の車デッキと同じ高さのタコベヤだった。
 うなぎの寝床のような狭い部屋に左右に2つずつシートが並び、真ん中に通路があった。要するにバス風でかつ窓がない。
 シートのリクライニングも調子が悪いし通気が悪くてムンムンしていて臭いもくさかった。

 荷物で席だけ確保して早々にデッキに出た。

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 乗り込んでデッキからアンヘルモの夜景。
    

 ところで一向に出港する気配がない。車を積み込んだりしているようだが。
 腹が減ってきた。

 レストランでは20人くらいの人が食事をしていた。船の食堂というものは普通は営業時間が限られているはずで、今のうちに食べておこうと思って入ってみた。
 するとチケットはあるか? と聞かれた。上を指差されたがどこで買うのかわからないから取り敢えず上の階のサロンにある売店に行ったが人がいない。

 しばらくするといかにも海の男という感じのごついおっちゃんがやって来た。
 おっちゃんに聞いてやっとチケットを買えた(2000ペソ=360円)。

 チケットを握り締めて下の食堂に戻るとまた上の階を指して何か言われた。どういうことや!?

 しょうがないのでまた上の売店に戻ってごついおっちゃんにチケットを見せて身振りで伝えようとしたら、おっちゃんはおもむろに売店の隣のシャッターをガラガラと開けた。
 そこは厨房だった。そしてやおらおっちゃん自ら料理を始めた。よくわからんわ・・ 

 後で考えると、「腹が減ったから早く作れ!」と理解されたようだ。
 作っている間にほかに2人の客がチケットを持ってやって来た。

 下の階の大勢人がいた食堂とどのように違うのかわからん。下が食堂ならこっちはビュッフェか? おっちゃんはビュッフェのコック兼売店の店番なんやろうが。
 自分がどうしたら下の方の食堂で食えたのか、いまだに不明である。

 チリでは英語はあまり通じないのだ。日ごろから欧米系観光客に接する仕事の人や若い人なら結構通じるが。

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 おっちゃんが急いで作ってくれた料理。ライスがうれしい。おいしかったがスープだけはちょっと甘い系でイマイチだった。

  

 21時もだいぶ過ぎてようやく出港。なんでそんなに遅いのか知らん。いつものことなのか今日だけ何か手違いなのかも。

 大勢に人がデッキに出ていた。モンのバルターミナルや中心街の前を通って右に回頭して南へ船首を向けた。
 大きな汽笛でプエルト・モンに別れを告げた。  

 なかなか華やかな出港だった。

  

 売店でタバコとライターを買う。さっきのおっちゃんが売店の店員も兼ねていたが常時はいないようだった。
 計2100ペソ(380円)。これだけは日本と同じ金額だ。
 チリでは贅沢品なのだろうか。

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 これは港のナビマグのオフィスでもらった最南端付近のプエルト・ナタレスまで3泊4日で行くフェリーのパンフ。
 フィヨルドをずっと縫って進む実に魅力的なクルーズである。
 とても興味があって人気も高いが今回はとても無理だった。

 もともと南端への物資の補給的な役割で就航してるのだろうし、フィヨルドを進むのは波が静かなためだろうが、絶景なので観光客も大勢乗るとのこと。

 自分が乗っているのは1泊2日で中パタゴニアのチャカブーコへしか行かない。この航路図でモンからまっすぐ南へ下ってまず右(西)へ曲がる点があるが、その点の少し右がチャカブーコである。
 チャカブーコでもモンから500km南、サンチアゴからでは1500kmも南なのである。

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 これは買った地図からチャカブーコ行き航路部分をスキャンしたもの。上端にプエルト・モン。下端付近にチャカブーコ(アイセン)がある。
 チャカブーコ航路でも少しは多島・フィヨルド風景が楽しめるだろう。

   

 さて、デッキで長らく海風に吹かれていたが寒くなったし真っ暗なのでやっと臭くて狭苦しい部屋に戻った。

 戻るとある親子に席を占領されてた。お父ちゃん+小学生くらいの息子・娘の3人である。
 で身振りで”自分たちは3人組みなのですまんが席をかわってもらった”みたいなことを言っている。まあええが。

 自分はともかくシャワーを浴びに行った。
 最下層用のシャワールームは棚もなくて床が排水不良で水浸しだったが湯はふんだんに出たのでサッパリして寝に入った。

 夜さっきの親子の10歳くらいの娘(自分の真後の席)が何かむずかっていて自分の座席をたまに蹴ったりしてきたのでたまりかねて後ろを振り返って静かにしろとシーっとして見せた。
 それでもまだしばらくむずかっていた。体調が悪いのか狭くて他人が大勢いる雰囲気がいやなのか知らんが。

 やがて子供も静かになったしほどなく眠りについた。

  

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